自信がつくとは?

自信のない人の絵

アダルトチルドレンなら、誰もが悩んだことのある自信のなさ。
おどおどしてしまったり、自分を押し通せなかったり。
「○○になれば、自信がつく!と思ってやったけど、そうでもなかった。」
そういう声を聞く限り、条件を満たしたからといって、自信がつくわけでもなさそう。
自信の正体、それは何だろうか?

ひとかどの成功を収めれば自信がつくのか?

自信がありそうな人ってどんな人?
という質問にあなたなら、なんと答えるだろうか。

よく言われるのが、小さな成功体験をすると自信がつく、というもの。
それならば、誰もが認める大きな成功体験をした人はいわずもがな。

だが、めちゃくちゃ売れた芸能人が、薬物に手を出したり借金を踏み倒そうとして訴えられたり、到底自信がある人とはいえない行いで、世間を騒がせる。
売れた、つまり認められた経験があるからといって必ずしも自信満々の人生を歩むとは限らない。

一方で、大成功を収めているといえなくても、始終落ち着いていて思いやりに溢れ、ゆったりと生き、周囲から「あの人は自信を持って生きている」と言われる人がいる。
成功したか、しなかった、が自信の有無を決めるのではなさそうである。

自信を育むもの

岡田尊司氏が著書の中で、小学生のころ、職員室に行ったら偶然先生方がご自分の話をされており、担任が「岡田はなにか持っていそうな気がする」というのを耳に挟んだことで、その先の生き方が変わったとおっしゃっていた。

それまで岡田少年は、自信にあふれたタイプではなかったが、その言葉以後おぼろげながら自信を持ったようだ。
ここから考えるに、他者から適切な敬意を向けられたときに、それを心の中で反芻し、”我は敬意を払われるほどの人物なのだ”と自己認識を改めることで、自信の扉が開くのだと思う。
実際の体験ではなく、自己認識の改めによって自己の輪郭が明確になること、それが自信の源である。

親が子に自信をつけさせるには?

我が子に自信をつけさせるために、褒めたり、習い事をさせて周りからの賞賛を獲得したり、といった数々の努力をするが、それ自体に効果はない。
子供が自己認識を改めない限りは。

自己認識の改めは、敬意の存在に掛かっている。
”ボクは、そんなに大切に思われる存在なんだ!周りは自分を大切にしてくれるんだ!見ていてくれるんだ!”
という認識を持てたとき、それは生活全般に波及し、敬意が払われない状況下であっても、自分という軸をしっかりと持つことができるようになる。
その状態を他人は、自信があると、表現する。

あなたは敬意を払われたのか?

ほとんどのアダルトチルドレンは、親から敬意を払われたどころか、所有物として扱われたことだろう。
人として扱われた経験に乏しい人は、自分を大切にするの意味が分からず、自信と無縁な人生を送る。
偶然訪れた他者からの賞賛も、一過性の嵐として処理してしまい、自己認識を改めるところまでいかない。

あなたに自信がないのは、当然といえば当然のことなのだ。
だからといって、それを放置したままで、人生を送れといっているわけではない。
小さな事でもいいから、敬意を払われる体験をして、その意味を噛みしめて、を繰り返せば何歳からでも自信は持てる。

私は、カウンセリングがその一助を担うものだと、思っている。

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