私に寂しい思いをさせた母に償いを求めるのか?

お母さんを求める子供

共働き一家の子供が成人してから漏らした「当時は我慢して言えなかったけど、子供の頃寂しかった。こんな思いをさせた母に一言謝ってほしい」。
この感情に対するケアとは、いかなるものがあるだろうか?

感情は抑えよ?

もしこの感情を周りに吐露したら、「甘えたこといってんじゃないよ。寂しくない人なんていない」「学校いけたのも、ご飯を食べられたのも両親が働いていたおかげでしょ」と冷たくあしらわれるか、「もう大人なんだから、そんな子供のときのことなんて忘れなよ」と強引に諭されるか。
いずれにせよ、寂しいという感情が拾われる可能性は極めて低い。

私たちを取り巻く環境はいつだって厳しく、わがままは言うな・感情を抑えよ、という考えが蔓延している。

母に謝って欲しいと迫ったら?

周りの言葉に耳を貸さず、気の済むようにやってみたいと突っ走って、母親に謝罪を迫ったとしたらどうだろう?
きっと言葉では謝ってくれるだろう。
子供に寂しい思いをさせていた、と薄々感じていただろうから。
だが、謝罪のあとにいろいろと言い訳がくっついてくる。それを聞いたあなたは釈然としないだろう。
謝られたのか、やっぱり当然のことと押し切られたのか?

謝罪の言葉が放たれた事実だけが残され、気持ちは宙ぶらりんのまま。二度とあなたの思いは、すくい上げられることがない。

本当に気が済むとは?

あなたが気持ちを吐露した目的は、成仏していない「寂しかった」気持ちへの供養ではないだろうか?
過去が変えられないことは、十も承知だ。でも過去の解釈を変えたい、母は申し訳なく思ってくれていたと信じたかったのではないだろうか?申し訳なく思ってくれてたことを以て、溜飲を下げたいと願ったのではないだろうか?

だが、残念ながら母は他者だ。あなたの気持ちを知る由もない。母には母なりに抱いていた葛藤・後悔・諦めがあり、そのことに手いっぱいであなたの気持ちまでは、思いが及ばない。
あなたがどんなに泣いてもわめいても、母があなたを完璧に理解することなどない。

ならばなにが出来るか。
それを見つけるのが、カウンセリングを受ける意味だ。
カウンセラーという第三者の力を借りて、あなたのなかにある未消化の感情をちゃんとオモテに出して、一つ一つに手当をする。成仏させていく。

カウンセリングでやれること

未消化の感情は人によって違う。
お友達とケンカをしたときどうしていいか分からなくて相談に乗って欲しかったのに、親が不在だった、なのか、
先生の言っていることが分からなくて、授業中手を挙げられなくて恥ずかしかったので相談したかったなのか、
運動会の時、みんなは手作りのお弁当だったのに、うちは買ってきたものばかりでみんなと違うのがいやだったなのか。

当事者ではない第三者相手だからこそ、安心して話せるということもある。
話していくうちに、本当に寂しかった理由が見えてくることもある。
感情が成仏すれば、もうあなたを苦しめない。

下手に周りに話して傷ついたり、親に迫って消化不良に陥るくらいなら、本当に達成したかった完全消化をめざして着実に歩を進めていく方がいいこともある。
可能性の一つとして、カウンセリングを考えてみてください。

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