正しいものが誤りになる?!

正しいと誤りのイメージ

皆さんは正しいものは正しい、と信じているだろうか?
それとも正しいものは誤りにもなる、と疑っているだろうか?
「絶対に」という言葉を乱発して、正しいものは正しいと頑としてゆずらないアナタ。
ちょっと危険です。
なぜなのか?考えていきましょう。

見ている範囲次第で正しいが誤りに変わる?

たとえば、あなたは歩きながらスマートフォンの画面を見ているとしましょう。
そこへ心待ちにしていた返事が飛び込んできました。取る行動は一択。即、返事を見る、です。
これが、あなたにとって正しい行為。

30m離れたところで、あなたを見つめている人がいます。
その人はあなたのカバンを狙っている。そう、ひったくりです。
これを察知していれば、スマホ画面をのぞき込む行為は誤った行為。
ひったくりにとっては、無防備な被害者を狙うのですから正しい行為。

ひったくりから50m離れたところで、あなたたちを見つめている人がいます。
現行犯逮捕を目論んで待ちぶせている警察官です。
ひったくりがそれに気づいていれば、これからやろうとする行為は誤った行為。
あなたは無防備さを晒して犯罪を呼び込んでいるのですから、誤った行為。

ビル屋上から警察官を双眼鏡で覗いている人がいます。
その人はひったくりの仲間。ひったくりに、「警官に見張られているぞ」と伝えようとしています。
警察官は目の前の犯罪に集中しているので、自分が監視されているとは思いません。
警察官がそのことを見落としているのは、詰めが甘い誤った行為。
ひったくりにとっては、警察官が現行犯逮捕をもくろんでいることを教えてくれる仲間がいるわけですから、犯罪を遂行するかどうかは別として、まぁまぁ正しい行為。
あなたにとっては、このひったくり犯は諦めても他のひったくりに遭う可能性があるのですから、誤った行為。

このように自分→ひったくり+自分→警察官+ひったくり+自分→ひったくり仲間+警察官+ひったくり+自分、と見ている範囲を広げていくと、だれのどの行為も正しいが誤りに変わります。

他にもある!正しいが誤りになる身近な例

我々は真面目で、能力が高いことを、正しいと思っています。
それが会社の秩序を乱さず、最大のパフォーマンスを出す条件だと信じているから。

ですが、秩序を重んじるより、発展を重視する文化だとしたら、それは正しいと言えるでしょうか?
出世する人が、必ずしも真面目で能力が高いとは限りません。気楽で適当な仕事ぶりの人が要職に就くこともある。
だれを出世させるか検討するときには、部下のパフォーマンスを上げるのに長けた人の方が、真面目で能力の高い人より、適任なのです。

恋愛も同じ。
「なんで、イマイチなあの子が私よりいい相手に恵まれるのよっ」と怒る女性には、容姿・能力・センスが恋愛を成就させる条件と信じて疑わない。
だから目の前に、物差しで計れない出来事が起こると切って捨てようとするのです。

ですが見方を変えて、恋愛を「もっているものをみせびらかすごっご」から、「自分たちだけにわかる幸せを噛みしめるごっご」に定義し直したとき、そこに容姿や能力、センスは必要でしょうか?
むしろ、料理が下手でも一緒に卵焼きを作って”ぶちゃいくな卵焼きだね。でも二人で合作したいい思い出♪”とささやかな喜びを噛みしめられる方が正しいことだってあるのです。

物事を正しく見られるかは、何に掛かってる?

ある見方をしたものを、別の見方をしたら、全然正しくなかった、なんてことはザラにあります。
よかれと思ったことも迷惑に転じるし、頑張ってやったことも意味をなさなくなる。
絶対的正しいなどというものは、存在しません。

より正しそうな答えを見つけ出すには、さまざまな見方をして、状況にマッチした見方をチョイスすることです。
あらかじめ考えられるだけ多くの見方を手中にすること。
それが正しさへの道です。

とはいえ、いきなりたくさんの見方を手中にはできないので、まずは正しいものが誤りに転じるということだけでも、心に留め置いて下さい。
深刻な悩みも、見方を変えればそうでもないかもしれません。
見方に詰まったら、当カウンセリングをご利用ください。

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